盲目的な恋と友情|ひとつの出来事を視点を変えて見てみると…交錯するそれぞれの思い

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この本をおすすめしたい人
  • 恋に盲目的になりがちな人
  • 大どんでん返しの衝撃を味わいたい人

≪ご注意ください≫これより先はネタバレを含みます

目次

概要

タイトル盲目的な恋と友情
著者辻村 深月
出版社新潮社
本の基本情報

タカラジェンヌの母をもつ一瀬蘭花(いちのせらんか)は自身の美貌に無自覚で、恋もまだ知らなかった。だが、大学のオーケストラに指揮者として迎えられた茂実星近(しげみほしちか)が、彼女の人生を一変させる。茂実との恋愛に溺れる蘭花だったが、やがて彼の裏切りを知る。五年間の激しい恋の衝撃的な終焉。蘭花の友人・留利絵(るりえ)の目からその歳月を見つめたとき、また別の真実が――。男女の、そして女友達の妄執を描き切る長編。

引用:新潮社 書籍詳細

本を読んだ感想

この本は「恋」と「友情」という二部構成になっています
≪恋≫蘭花と茂実の恋愛≪友情≫蘭花と留利絵の友情 が主軸となっています

蘭花の初めての恋、激しい嵐の行く先は

蘭花はその恵まれた美貌と家柄から、苦労することなく生きてきた女性です。

茂実と出会い、ほとんど初めてのような恋に溺れますが、その幸せな日々もとんでもない事実により崩れてしまいます。
たくさんの感情に揺り動かされ、奪われていく様子は、嵐といえるほどの激しさ。
追い詰められた彼女、その行く先は?

まわりの人から情緒に乏しいと言われることがあると、蘭花は何気なく留利絵に伝えたことがあります。

なぜ、蘭花はそう言われてしまうのでしょうか?

それはこれまでの人生で悩んだ経験が少なく、自分に対しての執着が薄いことが原因ではないかと思うのです。

たとえば留利絵のように、容姿に悩んだりまわりとの人間関係に苦しんだりしていたら。

それだけ、「私」というものについて悩む機会が発生しますよね。

蘭花にはそうやって自分について思い悩んだ経験が少ないので、まわりの人への関心も薄く共感もしにくいのではないかと思うのです。

それだけ環境に恵まれ、守られてきたことの証拠でもあります。

その点、考えすぎるほど「私」に執着している留利絵とは対照的ですね。

一見似ていない二人ですが、背中合わせとなって結局は似ている…そういった構造になっています。

そして、嵐に巻き込まれ崩壊していくのは蘭花だけではありません。

彼女を取り巻く茂実、また留利絵も、視点を変えれば蘭花によって崩壊に向かった、そういえるのです。

一歩離れた存在でありながら、物語の中心である美波

この物語には主となる登場人物が何人かいますが、美波はそのうちの一人ではありません。

大学オーケストラの指揮者として現れた茂実と、彼にまつわる事件がストーリーのメインですが、美波はそれに直接的には関わりません。

いわば、脇役のうちの一人。

なのにメインとなる登場人物の行動や感情の動きが、美波のそれと対比して違和感となるように描かれているのです。

美波はとても要領よく、男女ともに友達も多いおしゃれな「今時の大学生」。
ときには軽薄ともとれる言動がありつつも、場の空気を読んで馴染みながら自由な生き方のできる女性です。

普通の女の子でありながら、羨ましいほどの理想の姿といえます。

彼女は大学卒業後、仕事で出会った舞台演出家と結婚するのですが、それには思わず唸ってしまいました。

美波はまわりで起こっている愛憎劇に気づいていて、実はその舞台上の出来事に大きく関係しています。

でも、あくまで部外者。

そんな、フラットで俯瞰的視点のある美波が演出家と結婚するなんて。

今回の事件には関わらず、そんな事件の舞台を遠くから眺め、操る存在と結婚するなんて…

よくできた皮肉だと思いませんか?

きっと美波なら、そんな人から好かれるだろう。そう納得させてくれる展開だと思うのです。

留利絵の枯渇した内面、救いはどこにあるのか?

子どもの頃から容姿にコンプレックスを抱え、自分と分かり合えないタイプの人間を軽蔑し遠ざけて生きている留利絵。

自分にない美貌をもつ蘭花と親しくなり、蘭花に「選ばれた」と思うことで自分を肯定しています。
いつも蘭花の一番親しい存在は自分でありたい。
そのためになら他を遠ざけることも平気でしてしまう留利絵、その極端な依存性はどこへ向かうのか…?

留利絵は蘭花の一番になるために、それこそ「尽くす」といった表現が似合うくらい友情を大切に思っています。

美波も蘭花も、友情にそんな優劣をつけてはいないのに、留利絵だけがいつも一人で蘭花争奪戦のような気持ちでいるのです。

ただ読んでいくと分かるのは、蘭花のためにやっているほとんどのことが実は留利絵自身のためであるということ。

これは、留利絵本人は気づいていないことですが、

蘭花のためと言いながら、留利絵が蘭花に尽くしたことが同じように返ってこないと納得できず、心の底では根に持っているのです。

留利絵…ちょっと怖いな……

「蘭花ちゃんが美波ちゃんの名前を出すのが平気になってきたの、まだ、最近なんだ」

「え?」

「ようやく、聞けるようになったの。だからもう大丈夫だけど、一応、あなたには知っていて欲しくて」

「あ――うん、ごめん」

引用:『盲目的な恋と友情』

留利絵は蘭花の口から、美波を「親友」と呼ぶのを聞きたくなかったのです。

この会話を読んでいた私は、留利絵が一体何を言い出したのかよくわかりませんでした。

言葉を聞いた蘭花も、留利絵が何を言っているのかちゃんと掴みきれてはいない反応です。

このとき蘭花は茂実との問題で精一杯なのだから、当然ですよね。

でも留利絵は、自分と蘭花のことで精一杯。

自分にとって親友である人が、自分を同じように親友とは思ってくれない。

それは確かに寂しいことかもしれないけれど…それを口に出して相手に伝え、だからやめてほしいと言える留利絵ってなかなかすごいな、と感じるのです。

自分の与えた愛情がそのまま返ってくる、返してもらって当然、返してもらえない自分は可哀想…

そんな考え方から、留利絵の中にある枯渇した何か、その深さを感じてしまいます。

留利絵がこの深淵から脱出できる日は、くるのでしょうか?

恋と友情、盲信の姿はとても似ている

恋の章、友情の章、それぞれに歪んだ関係性が出てきます。

菜々子と茂実、留利絵の父と留利絵の姉。

支配するものと、支配されるもの。選ぶものと、選ばれるもの。

それぞれの関係性に気持ちの悪いものを感じながらも、読み進めていくと

茂実と蘭花、留利絵と蘭花の関係性もこれにどんどん似ていくのですよね。

茂実と蘭花の堕ちてゆく流れは、ああ、やっぱりそうなるのか…という感じでしたが

留利絵と蘭花の関係性もまた、違和感を含んだまま進んでいきます。

恋と友情、章は分かれていても深いところでは同じことが起こっているのでは?

茂実が蘭花を縛りつけるのは、あからさまに彼自身のためですよね。

留利絵は蘭花を親友として大切にしているつもりで、ほとんどが自分のコンプレックスを埋めるための執着になっているし。

そう、蘭花は相手を変えて、異常なまでの執着を受け続けているのです。

恋だろうと友情だろうと、大きく深くなりすぎたものは同じように歪んでしまうのかな。

このように、似ている関係性の行きつく先が同じだとすると…

蘭花と茂実とが辿ったように、蘭花と留利絵もまたそうなってしまうとか…?

と怖い想像までしたところで、やはり 美波みたいに軽やかに、フラットに生きられたらな~! と思ってしまうのです。笑

おわりに

蘭花、留利絵、美波。

同じ学校で同じ時間を共有していながら、こうも思いが違うなんて。

同じ出来事をどう見るか、立場や目線が違えばこんなにも違うなんて、本当に不思議に思います。

この小説は「恋」と「友情」に分かれ、視点も蘭花と留利絵それぞれから描かれているおかげで、私には客観的に見えています。

当事者になれば、きっと私も私なりの盲目になっているのだろうな。

そんな、ぞっとする事実に気づかされる小説でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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