- 辻村深月らしい、心の機微の描写に驚かされたい人
- 幸せな結婚式のとある一日を覗きたい人
概要
タイトル | 本日は大安なり |
著者 | 辻村 深月 |
出版社 | KADOKAWA/角川書店 |
企みを胸に秘めた美人双子新婦、プランナーを困らせるクレーマー夫妻、新婦に重大な事実を告げられないまま、結婚式当日を迎えた新郎……。人気結婚式場のとある大安の一日を舞台に人生の悲喜こもごもをすくい取る。
引用:Amazon商品詳細ページ
本を読んだ感想
お互いを強く意識する鞠香と妃美佳、双子であるからこその複雑さ
二人の微妙な、絶妙な意識の描写が本当にすごい。
家族を超え、双子ゆえに互いを特別で大切な存在と意識する鞠香と妃美佳。
妹が姉に対して抱く劣等感も、姉だから妹を守りたいという気持ちもそれぞれ分かるような気がします。
ただ、視点を替えて見てみると、同じ出来事でも鞠香の抱く思いと妃美佳の抱く思いが微妙に違っているのですよね。
双子ながら「姉」としての意識をもつ鞠香は、妃美佳が感じている以上に彼女を大事に思っています。
妃美佳の方が鞠香を強く意識しているようで、鞠香も妃美佳に対してはやはり強烈で過敏な反応をしています。
互いに対して抱く感情は似ていますが、微妙に異なるのが面白かった。
これは姉、妹、陰と陽、みたいな性質の違いなのでしょうか。
互いを大切に思う反面、互いより上でありたいと思ってしまう…その描写は、きれいごとではなくそういうのってあるよねと、認めたくないけれど、認めざるを得ませんでした。
親しい女友達に抱く感情とそっくりですよね。
ところで、結婚式という人生でもっとも大切といえる日に双子から賭けを仕掛けられた映一。
実は二人は最初から映一に負けていた、というのがいいですよね。
よく似ている鞠香と妃美佳の違いを一つひとつ見出していくのではなく、彼は最初から全然違う二人、それぞれを間違えようのない人という認識でいるのがよかった。
彼はこの先、何度も二人に試されるのでしょう。
そのたびにうんざりしながら、義姉の鞠香、そして大切な妻である妃美佳が納得できるまで、付き合ってあげるのでしょうね。
私と妹とを、「違うもの」として断じ、妃美佳でなければダメだなんて言いきることができる相手を、あの子の伴侶として認めるわけには、絶対にいきません。
そんな相手はいてはいけない。
もし今日、彼が気づけば、私は自分が結婚する相手にも、この先、その条件を求めるようになるでしょう。それはとても困難な道のりです。私たちはずっと同じだった。それに、妃美佳の心に一番広い面積を占めるのは、今までもこれからも、姉の私であって欲しいのです。
ひどい考え方でしょうか。
しかし、妹同様、私もとても残酷なのだから仕方ありません。
自分自身の幸せのためにも、私は今度こそうまくやってみせます。これは、私に恥をかかせた映一くんへの復讐でもあるのですから。
引用:『本日は大安なり』
誤解されがちな東。人は植えつけられた価値観で判断している
真空の視点で語られる東家・白須家のエピソード、とても好きです。
結婚式の最中に起こるはずの恐ろしいことを一人で抱え、どうにかしようと奮闘している真空が可愛かった。
白須家の家族とうまく関われない、冴えない感じの東くん。
彼の悪口を母と祖母から聞かされ、仲良しのりえちゃんの泣く姿を見てきた真空は、いつしか東くんを「悪者」と思い込んでしまいました。
読者である私もまた、うまく誘導されて東くんを悪者と思わされてしまったのです。
結果的に事件は起こらなかったし、東くんとりえちゃんは無事幸せになれそうです。
東くんは白須家に歓迎されていないことを知っていただろうし、もともと不器用な人だから、あまりうまく振舞えなかったのでしょう。
でも、本当はちゃんと新婦を大切に想っていました。
真空はこの日の奮闘のおかげで東くんの本当の人となりを知ることができたし、これからはそれを白須家のみんなに伝える手助けもできます。
まっさらな目で物事を見るのは難しいけれど、人から聞いたことや噂、あらゆる環境で作られてしまう価値観をいったんフラットにできれば…と思ってしまいます。
そうできればいいですが、きっとその「フラット」もまた自分の価値観によって作られたものですものね。難しい。
それに気づけた真空はすごいですね。
植えつけられた価値観。
これは違うカップルのエピソードで登場する言葉なのですが、この物語全体を通しての重要なキーワードになっていると思うのです。
かつて自分の幸せを壊した人。そんな相手の幸せを願える?
ウェディングプランナーの山井さん視点、十倉家・大崎家。
新婦の大崎玲奈は、山井さんにとっては「自分の結婚をぶち壊した人」。
大切な人を奪い、山井さんの人生を大きく変えてしまっておきながら、数年後には違う男性と結婚する玲奈。
しかもですよ。担当プランナーとして顔を合わせても、玲奈は山井さんが奪った相手の結婚相手だったとは気づきません。
そんな人の幸せを願い晴れの日のサポートをする、拒絶反応が起こっても無理のない状況ですね。
でも、山井さんはそれをやり遂げます。プロですね。
難しい性格の玲奈から深い信頼を得て、式場の窮地には玲奈によって助けられたりもするのです。
玲奈の振る舞いや言葉の表面的な部分だけでなく、奥にある本当の感情を見つけられたことで、山井さん自身もまた救われます。
過去の出来事によって強く植えつけられた大崎玲奈に関する悪いイメージを、大きく変化させることができたのですね。
もちろん過去まで変えることはできないし、その苦しみを忘れることもないと思います。
しかし玲奈としっかり対峙したことで、山井さんは自分の中にある大きな傷を癒すことができたのでしょう。
ここでもまた、「できる限りまっすぐに、フラットな目で物事を見ること」が救いになっています。
おわりに
良い、悪い、上、下、価値観ってなに?
そんなことを思わされる物語でした。
物語終盤で小さな火事が起こるのですが、 それによって一気に様々なことが動く展開はとても気持ちのいいものでした。
どうしても言いたいのですが、貴和子は本当に陸雄を許していいの?許せるの?
鈴木陸雄、この人は最初から最後までもう本当にどうしようもない人なのですが、貴和子と出会えたことは彼の人生の中で最大の幸福なのだと思います。
本人もそれを自覚しているから、いいのかな。
価値観は人それぞれですしね…そういうことにしておきましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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