- 2021年本屋大賞 翻訳小説部門1位!話題の小説の内容が気になる人
- 瑞々しい自然の描写、少女の生きる姿、思いもよらぬ結末…新しい感覚の小説に触れたい人
概要
タイトル | ザリガニの鳴くところ |
著者 | ディーリア・オーエンズ(著)/友廣純(翻訳) |
出版社 | 早川書房 |
ノースカロライナ州の湿地で男の死体が発見された。人々は「湿地の少女」に疑いの目を向ける。
引用:Amazon商品ページ
6歳で家族に見捨てられたときから、カイアはたったひとりで生きなければならなかった。読み書きを教えてくれた少年テイトに恋心を抱くが、彼は大学進学のため彼女を置いて去ってゆく。
以来、村の人々に「湿地の少女」と呼ばれ蔑まれながらも、彼女は生き物が自然のままに生きる「ザリガニの鳴くところ」へと思いをはせて静かに暮らしていた。
しかしあるとき、村の裕福な青年チェイスが彼女に近づく……
みずみずしい自然に抱かれた少女の人生が不審死事件と交錯するとき、物語は予想を超える結末へ──。
本を読んだ感想
瑞々しい自然の中、孤独な少女がたくましく成長する姿
この小説の概要を読んでみると、まずミステリーなのかな?と感じますね。
物語は一人の男の死から始まり、過去と現在を行き来して次第に核心に迫っていきます。
最初カイアと男との間に接点は全くなく、過去が現在に追いつくにつれて徐々に二人の関係性も見えてきます。
その死の真相はもちろん気にはなるのですが、それよりもまずカイアという一人の少女の生きる姿に夢中になって読み進めました。
湿地の奥にある古い家から家族がどんどん離れていって、末っ子のカイアが(厳密にはあまり頼りにならない父もいるけれど)一人ぼっちになったとき、彼女はまだ6歳なのです。
それでもカイアは必死で母との記憶をたどり、食事を用意したり洗濯をしたりして、どうにか生きようとします。
いつか家族が帰ってくるときのために。
そんな彼女のいるところには、豊かな自然が常にありました。
一人にはなったけれど、湿地に生きる生きものから、湿地そのものから、彼女はたくさんのことを学びます。
その自然の描写がまた素晴らしくて。
豊かな水をたたえた湿地の鮮やかな緑の様子、鳥や魚の生き生きとした様子、読んでいると湿気をはらんだ森の空気が感じられるみたい。
きっと翻訳がいいのでしょう。その圧倒的な自然の中に自分もいて、湿った草を踏みしめているような気がしてきます。
カイアの生きる姿と湿地の描写だけでも、十分に読み応えのある物語です。
人種差別・暴力・女性だからこその危険…胸に突き刺さる生きづらさ
カイアが孤独じゃなければ、貧しくなかったら、女性じゃなかったら。
彼女の意志とは関係なく、カイアには多くの災難が訪れます。
男の死にも彼女が関わっているとして、村の人々を陪審員にして裁判が進んでいきます。
結果的には無罪になったものの、もしもカイアが貧しく孤独でなかったら、村の人々からの差別の対象でなかったら、この判決ももしかしたら覆っていたかもしれません。
カイアの弁護士であるトムは人々の「良心」に訴えかけ、村の人々は今まで彼女を差別し、孤独にしてきた罪を自覚することになります。
でも、心底カイアの無罪を信じたというよりは、「カイアをこれ以上差別するような人間ではない」ことの証明、つまり結局村の人々自身のための判決になったのかな。
そう考えると、カイアが孤独で差別を受ける対象だったからこそ得た無罪ともいえてしまいますね。
カイアが孤独でなかったら、むしろ有罪になっていたのかも。そんなふうにもとらえることができます。
最後にもうひと展開。思いもよらないけれど、絶対に必要だった結末
容疑者として裁判にかけられ、無罪となってようやく平和な暮らしができるようになったカイア。
ずっと大切に想っていたテイトともやっと通じ合い、一緒に暮らせるようになりました。
もう一つの結末がわかるのは、カイアが死んだあとです。
結局うやむやになっていたチェイスの死の真相。
チェイスの死にはやはりカイアが関わっていましたが、そこにはカイアが湿地から学んだことが多く活かされていました。
カイアは雑誌を膝に置き、雲を眺めながら思いを巡らせた。ある昆虫の雌は交尾の相手を食べてしまうし、過度のストレスにさらされた哺乳類の母親は子どもを捨ててしまう。多くの雄たちは、危険な方法やずる賢い手で精子競争に勝とうとする。けれど、命の時計の針が動きつづけている限り、そこには醜いものなど何ひとつないように思えた。これは自然界の暗い側面などではなく、何としても困難を乗り越えるために編み出された方策なのだ。それが人間となれば、もっとたくさんの策を講じたとしても不思議はないだろう。
厳しい世界で生き延びるための、一見残酷だけれど潔い選択。
カイアもまた自分を守るために自然界で必要な選択をしたまでで、これをひと言で犯罪、と言ってしまうことはなんだかしたくないな。
湿地で生き、ほとんどのことを湿地と孤独から学んできたカイアなら、きっとこう考える。
この罪を誰にも言わず詩にしたためて隠しておいたカイアが潔く、悲しい。
両親の好きだったことや湿地の教えてくれたことが静かにカイアに染みていき、孤独の中で生きるためにはどうしても必要な選択だったのでしょう。
彼女の生きかたにここまでじっくり触れると、この考え方もたびたび出てくる詩についても、ああ、ひとりで必死に生きてきたカイアだからこそ、こうなるよなぁと思わされてしまいます。
これを「伏線」とは、なんだか言いたくないのですよね。
カイアの生きたすべてがここに詰まっていて、どうしようもなく胸がいっぱいになる終わり方でした。
おわりに
この小説は家族に薦められて読みました。
翻訳ものはもともと苦手で、さらにかなりの長編だったので表紙を開くまでに少し時間がかかりました。
けれど、本当に読んでよかった。
瑞々しくて透明な、そして野性的でたくましい湿地とカイアの物語。
彼女は「ザリガニの鳴くところ」に憧れていたけれど、彼女の生きる湿地と彼女の姿こそが、そうだったのだなと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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